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千葉地方裁判所 昭和31年(ワ)50号 判決

判   決

木更津市木更津一、三九一番地

原告

星野隆輝

右訴訟代理人弁護士

牛島定

千葉市院内町三六番地

(昭和三一年(ワ)第五〇号事件の被告)

被告

魚路厚

千葉市院内町三七番地

(昭和三一年(ワ)第五二号事件の被告)

被告

みさをこと

檜坂ミサヲ

右被告両名訴訟代理人弁護士

松本栄一

右訴訟復代理人弁護士

中村作次郎

鈴木信一

右当事者間の、昭和三一年(ワ)第五〇号、同年(ワ)第五二号、建物収去、土地明渡等請求併合事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、昭和三一年(ワ)第五〇号事件について。

被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の第一建物を収去して、同第一物件目録記載の第一土地を明渡し、且、昭和三一年三月一〇日から右明渡済に至るまでの月額金五四〇円の割合による金員を支払はなければならない。

二、昭和三一年(ワ)第五二号事件について。

被告は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の第二建物を収去して、同第一物件目録記載の第二土地を明渡し、且、昭和三一年三月一〇日から右明渡済に至るまでの月額金五五八円の割合による金員を支払はなければならない。

三、原告の被告檜坂ミサヲに対するその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、全部、被告両名の連帯負担とする。

五、本判決は、原告に於て、被告両名に対する共同の担保として、金五〇〇、〇〇〇円を供託するときは、第一、二項について、仮に、之を執行することが出来る。

事実

(省略)

更に、被告等は、

訴外株式会社千葉銀行が、本件各土地について、抵当権の実行による競売の申立を為した当時の債権額は、金六〇〇、〇〇〇円であり、執行裁判所の命令によつて、賃貸借関係の取調を為した執行吏の報告は、被告等主張の通りであつて、右競売に於ては、その公示が為され、而して、執行裁判所である千葉地方裁判所が定めた最抵競売価額は、三六番土地が金六七五、七〇〇円、三七番土地が金六三六、九〇〇円であつて、原告は、右最抵競売価額を以て、右各土地を競落したものである。而して、以上の事実によると、抵当権者である右訴外銀行は、前記各賃貸借の存在によつて、被担保債権が侵害される虞がなかつたので、右各賃貸借の存在することを否認する必要がなかつたものであり、又、原告は、右賃貸借の存在することを承認して、競落を為したことが明かであるから、原告が、本件各土地の明渡を求めることは、信義則に違反し、権利の濫用となるものである。と主張し、立証(省略)

理由

一、被告魚路が、千葉市院内町三六番の土地の内、別紙第一物件目録記載の第一土地を占有し、同土地上に、別紙第二物件目録記載の第一建物を所有し、被告檜坂が、右三六番の土地及び同町三七番の土地の内、右第一物件目録記載の第二土地を占有し、同土地上に、右第二目録記載の第二建物を所有して居ること、及び右各被告の占有して居る土地の坪数が原告主張の通りであることは、(証拠―省略)と弁論の全趣旨とを綜合して、之を認定することが出来るのであつて、この認定を動かすに足りる証拠はない。

二、右三六番及び三七番の両土地が、元、訴外川辺勇治の所有であつたこと、及び抵当権者である訴外株式会社千葉銀行が、昭和三〇年二月一五日、千葉地方裁判所に対し、右両土地について、抵当権の実行による競売の申立を為し、同裁判所が、同月一七日、競売手続開始決定を為し、原告が、右両土地の競落人として、同年一二月八日、同裁判所から、競落許可の決定を受け、その競落代金金額の支払を了して、右両土地の所有権を取得し、翌三一年一月一〇日、その旨の各登記を了し、現に、原告がその所有権者であることは、(証拠―省略)と弁論の全趣旨とを綜合して、之を認定することが出来る。

三、而して、区画整理の為め、右両土地を従前の土地として、仮換地の指定が為され、その中、前記被告等の占有土地に対する仮換地として指定された土地が原告主張の通りであることは、(証拠―省略)を綜合して之を認定することが出来る。而して、被告等の占有土地に対する仮換地として指定された土地の坪数は、従前のそれよりも夫々滅坪されて居るのであるが、右各証拠を綜合すると、右指定による仮換地は、現地換地であることが明かであつて、而も、従前の占有土地に対する占有を仮換地に対するそれに強制的に移す処置のとられたことを認め得るに足りる証拠がないので、被告等の従前の土地に対する占有は、現在に於てもそのまま存在して居るものであると云ふべく、従つて、原告は、従前の土地の所有権者として、被告等が現に占有して居る土地全部について、所有権を行使することが出来ると云はなければならないものである。従つて、右仮換地の指定が為されたことは、被告等の占有関係並に原告の従前の土地の所有権の行使については、その影響がないと云ひ得るものである。

四、而して、被告魚路は、前記土地の占有権原について、原告に対抗し得る賃借権を有する旨を主張し、(証拠―省略)と前記認定の事実とを綜合すると、被告魚路は、昭和二一年頃、右土地を、その前々所有者であつた訴外川口為之助から賃借し、その後、昭和二三年頃、その所有者がその前所有者であつた訴外川辺勇治となつたので、同訴外人から之を賃借し、爾来、之に基いて、同土地を占有し来たつたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないのであるが、右証拠によると、右賃貸借契約に基く賃借権について、その設定の登記が為されて居ないこと、又、右土地上に同被告が所有する前記建物について、その登記の為されて居ないことが認められるので、右被告は、右賃借権を以て、第三者である原告に対抗し得ないものであることが明かであり、而も、他に、右土地を占有し得べき正当権原のあることは、右被告に於て、之を主張、立証して居ないのであるから、結局、右被告の右土地に対する占有は無権原のそれであると云はざるを得ないものであり、又、被告檜坂は、前記土地の占有権原について、原告に対抗し得る賃借権を有する旨を主張し、(証拠―省略)と弁論の全趣旨とを綜合すると、訴外金沢きよのは、右土地をその前所有者であつた訴外川辺勇治から賃借して、同土地上に、前記第二建物を所有し、昭和二十八、九年頃、その所有権保存の登記を為し、右被告は、昭和二九年頃、右訴外金沢から右建物を買受けて、その所有権を取得し、当時、その旨の登記を了し、且、右訴外川辺から右土地を賃借し、爾来、之に基いて、同土地を占有し来たつたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はないのであるが、右賃貸借契約に基く賃借権について、その設定の登記が為されたことは、之を認めるに足りる証拠がなく、而して、(証拠―省略)と弁論の全趣旨とによると、前記訴外銀行がその実行を為した抵当権の設定登記を為したのは、昭和二四年中であつたことが認められるので、右建物に対して為された右登記は、右抵当権設定の登記が為された後に為されたものであると云はざるを得ないものであるところ、抵当権の設定登記後に為された登記は、之を以て、競落人に対抗し得ないものであるから、競落人である原告に対する関係に於ては、右登記は無いに等しいものであり、従つて、右被告は、右賃借権を以て、原告に対抗し得ないものであることが明かであり、而も、他に、右土地を占有し得べき正当権原のあることは、右被告に於て、之を主張、立証して居ないのであるから、結局、右被告の右土地に対する占有は、無権原のそれであると云はざるを得ないものである。

五、燃るところ、被告等は、

(イ)、右各賃借権の存在することは、前記各土地の競売に於て、夫々、公示され、その売却条件の一部とされて居たものであるところ、原告は、之を了承して、その競落を為したものであるから、原告は、各右賃借権について、その各賃貸人たるの地位を承継したものであり、従つて、被告等は、右各賃借権を以て、原告に対抗し得るものであると云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、土地の競売に於て公示されることを要する賃借権は、競落人に対抗し得る賃借権に限られるものであつて、競落人に対抗し得ない賃借権は、その公示を為す必要がなく、偶々、それが公示されたとしても、それは、無意味な公示が為されたことになるに過ぎないものであつて、何等の法的効果も生じないものであるから、右公示によつて、右賃借権の存在することが、売却条件の一部となつたり、その存在することを知つてその競落を為した競落人が、その賃貸人たるの地位を承継するに至ると云ふ様な事態は、生じ得ないものであるところ、前記各賃借権が之を以て競落人である原告に対抗し得ないものであることは、前記の通りであるから、被告等の右各主張は、熟れも、理由がないことに帰着するものであり、

(ロ)、又被告等は、前記各建物について、夫々その登記を有するものであるから、右各賃借権を以て、原告に対抗し得るものである旨を主張して居るのであるが、被告魚路が、その所有の前記建物について、その登記を有しないことは、前記認定の通りであり、又、被告檜坂がその所有の前記建物について、その登記を有することは、前記認定の通りであるが、その登記を以て、原告に対抗し得ないものであることは、前記の通りであるから、被告等の右各主張は、熟れも、理由のないことが明かであり、

(ハ)、更に、被告等は、期間の定めのない賃貸借は、民法第六〇二条に於て定められた期間を超えない賃貸借として、競落人に対抗し得るものであるところ、前記各賃貸借は、熟れも、期間の定めのないそれであるから、之を以て、競落人である原告に対抗し得るものであると云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、建物の所有を目的とする土地の賃貸借については、借地法の規定によつて、法定の期間が定められて居て、期間の定めがないと云ふことはあり得ないものであるところ、弁論の全趣旨によると右各賃貸借は、熟れも、建物の所有をその目的とするものであることが明かであるから、被告等の右主張は、熟れも、理由がなく、又、被告等は、建物保護法に於て定められて居るところの、建物に対する登記は、それが為されて居れば足るものであつて、その為された時期は問はないものであるから、仮令、その登記が抵当権の設定登記後に為されたものであつても、右法に於て定められた登記としての効力を有するものであり、従つて、右登記を有する右賃借権は、之を以て、原告に対抗し得るものであると云ふ趣旨の主張を為して居るのであるが、抵当権の設定登記後に為された建物に対する登記は、抵当権者に対抗し得ないものであつて、抵当権の実行によつて、法律上、当然に、その効力を失ふに至るものであるから、之を以て、競落人に対抗し得ないものであり、従つて、前記抵当権の設定登記後に為された前記建物に対する登記は、競落人である原告に対する関係に於ては、無いに等しいものであるから、被告等の右主張は、熟れも、理由がないことに帰着する。

六  然る以上、原告は被告等に対し、その各所有権に基いて、前記各建物の収去とそれによる前記各土地の明渡とを求める権利を有するから、被告等に対し、右各建物の収去と之による右各土地の明渡とを命ずる判決を求める部分の請求は、熟れも、正当である。

七、被告等は、その主張の理由によつて、原告の本訴請求は、権利の濫用である旨を主張して居るのであるが、被告等主張の事実があると云ふだけでは、原告の本訴請求を以て権利の濫用であるとすることは出来ないものであるから、被告等の右主張は、理由がない。

八、而して、被告等が前記各土地を無権原で占有して居ることによつて、原告が、その各賃料相当額の損害を蒙つて居ることは、多言を要しないところであつて、前記認定の事実と証拠調の結果とによると、被告等は、過失によつて、右各無権原の占有を為して居るものであると認められるので、被告等は、原告の蒙つて居る右各損害の賠償を為すべき義務があるところ、被告魚路の占有する土地の賃料が一坪について月額金一〇円であること、又、被告檜坂の占有して居る土地の賃料が一坪について月額金一〇円五〇銭であることは、被告等の自陳するところであつて、原告は之を争つて居ないのであるから、原告の蒙つて居る損害の額は、右各賃料に相当する額であると認定するのが相当であると云ふべく、従つて、原告は、被告魚路に対し、前記土地の所有権を取得した日の翌日から、月額金五四〇円の割合による損害金の支払を、被告檜坂に対し、前記土地の所有権を取得した日の翌日から、月額金五五八円の割合による損害金の支払を求め得るから、被告魚路に対し、本件訴状が同被告に送達された日の翌日であることが当裁判所に顕著な日である昭和三一年三月一〇日から前記明渡済に至るまでの月額金五四〇円の割合による損害金の支払を、被告檜坂に対し、右同様の日である右同日から前記明渡済至るまでの月額金五五八円の割合による損害金の支払いを命ずる判決を求める部分の請求は、正当であるが、被告檜坂に対するその余の部分の請求は、失当である。

九、仍て、被告魚路に対する原告の請求は、全部、之を認容し、被告檜坂に対する原告の請求は、前記各正当なる部分のみを認容し、その余は、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

第一、第二物件目録(省略)

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